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1・それでも私は直筆が好き Page3

last update Last Updated: 2025-03-03 12:29:32

「いや、ちょっと。先生の格好(かっこう)がその……、刺激(しげき)が強すぎて」

「え……? うわっ!?」

 欠伸(あくび)をしながら自分の格好を見下ろした私は愕然(がくぜん)とした。

 まだ()()()のままで、しかもショートパンツだ。太腿(ふともも)まで見えていたら、男性は目の()り場に困るだろう。おまけに、肩までの長さの茶髪だって寝癖だらけで爆発しているし。

「ちょっ……、原口さん! 鼻の下伸ばしてイヤらしい目で見ないで下さい!

 ()ずかしさ半分で(これでも私は(よめ)()り前のオトメである)、私は必死に牽制(けんせい)した。

「みっ……、見ませんよっ!」

 原口さんは顔を真っ赤にして、ムキになって反論した。けれどそれ、(かえ)って逆効果じゃないだろうか?

「――あの、先生。とにかく原稿を……」

 どうにか気を取り直したらしい彼は、やっと仕事のことを思い出した。

「分かってますよ。服を着替(きが)えるついでに持ってくるので、リビングで待っててもらっていいですか? いつもみたいに」

 原口さんににそう言って、私は仕事部屋に戻っていく。

 この部屋は1LDKなので部屋は一つしかなく、そこは私の寝室も()ねているのだ。

 ――六階建て・オートロックなしのこの賃貸(ちんたい)マンション二階の部屋で、私は作家デビューした二年前から一人暮らしをしている。都心だから家賃は安くない。そして、まだ人気作家とはいえないので原稿料と印税が入っても生活は楽じゃない。

 そのため、書店でアルバイトをしながら兼業作家として活動している。

 今日は、アルバイトの方は休みの日だ。

 とりあえず、ピンクの長(そで)カットソーとデニムの(ひざ)(たけ)スカートに着替え、小さなドレッサーの前で髪をブラッシングした。普段からメイクはしない。

 机の上に置いてあった、原稿の入ったA4サイズの茶封筒を手にして、私は原口さんの待つリビングに急いで戻った。

 その途中(とちゅう)でふと思う。「彼は私に気があるんだろうか?」と。根拠(こんきょ)なんてない。ただなんとなく、そう思っただけだけれど……。

「――お待たせしました。これ、原稿です」

 リビングのソファーに(すわ)って待っていた原口さんに封筒を手渡すと、彼は早速(さっそく)中身の確認を始めた。原稿の一枚一枚、(すみ)から隅まで()字・脱字がないかチェックしてくれているのだ。

 彼はさらに、毎回ストーリーまで読み込んでくれているらしい。

「――はい、確かにお(あず)かりしました。先生、今回もお疲れさまでした」

「あの……、内容はどうでした? 私、後半の方は急いで書いたので、自分では展開にムリがあるんじゃないかと思うんですけど」

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     一応プロット(骨組み)はあるものの、締め切り前に焦(あせ)っていたりすると、プロットを無視して勢(いきお)いで書いてしまうことがある。 それは当然の結果として、ストーリーの展開に矛盾(むじゅん)を生(う)んだりする。――そのことを、編集者である彼はどう感じているのか?「いや、これはこれでアリかなと僕は思いますよ。読者の予想をいい意味で裏切る、なかなか面白い展開なんじゃないですか」「ほっ、ホントですか!? よかった……」 私は原口さんの高評価にホッと胸を撫(な)で下ろした。……が、次の瞬間。「内容はこれでいいとして……。パソコンで執筆(しっぴつ)したら、もっと早く原稿も上がってたはずなのになあ」 ……ほら来たよ、いつものイヤミ攻撃が。私はもう慣れたもので、ムッともせずに言い返した。「言っときますけど、原口さん。それ、私がパソ書きしたら、直筆の倍は時間かかりますからね?」「えっ!? ……ば、倍ですか?」 原口さんが目を丸くする。でも、そんなにビックリすることかな、これ?「ハイ。私、昔から両手でタイピングできないんです。キーボード叩(たた)くのに、指一本で一文字ずつしか打てなくて」 私は開き直って、パソコンで原稿を書けない理由をぶっちゃけた。 ローマ字入力だと、あ行(ぎょう)以外は二つ以上のキーを押して打たなければならない。それを右手の指一本でやるのだから、時間がかかるのも当然だろう。「一応、ノートパソコンとプリンターはウチにあるんです。大学時代にパソ書きで短編に挑戦してみたことがあって。でも、三〇枚くらいのを書くのに半月(はんつき)もかかっちゃって、それでパソ書きは諦(あきら)めました」 未(いま)だ両手タイピングができない理由は、その時に指がつってしまったことによるトラウマのせいもあるかもしれない。「それで……、今はパソコンは全然使われてないんですか?」「そんなことないですよ。バイト先でもパソコンは使うので、そのために練習したり、あとはネットで調べものしたりはしてます」「……そうですか」 原口さんはそう言うと、大きなため息をついた。――っていうか、最初の間(ま)はなに? そしてなぜため息をついた? もしかして、ガッカリしたのかな? 私が(彼にしてみたら)下(くだ)らない理由でパソ書きを諦めたから。 私はソファーに座ったまま、隣

    Last Updated : 2025-03-03
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    Last Updated : 2025-03-03
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    Last Updated : 2025-03-05
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    『あたし、締め切り明けて今日は予定もないし、ヒマなんだ。ナミちゃんも今日休み?』「はい。私も今日脱稿(だっこう)したんです。バイトも休みですよ」『そうなんだ? お疲れさま。ナミちゃんは原稿手書きだから、大変だったでしょ?』 琴音先生は私ができないパソ書きをバリバリやっていて、実はちょっと憧(あこが)れている。「ええ、まあ……。ところで琴音先生,実は今、私の方から電話しようと思ってたところなんです。ちょっと、相談に乗って頂きたいことがあって……」 自分から誰かに電話しようと思っていたところに、琴音先生からの電話。私にとっては〝渡りに舟(ふね)〟だった。 すぐさま思い立って、私は琴音先生にお誘(さそ)いをかけた。「――あの、琴音先生。もしよかったら、今日これから私に付き合って頂けませんか?」 彼女なら人生経験もそれなりに豊富(ほうふ)だろうし(……って言ったら失礼かな? でも、少なくとも私よりは豊富だろうから)、きっと何かいいアドバイスがもらえると思う。『相談? いいよ。じゃあ、神保町(じんぼうちょう)まで出てこられる? あたし今、そこのカフェにいるから、一緒にお茶しようよ』「はい! 今から電車ですっ飛んで行きますね!」 私がそう答えると、琴音先生はカラカラと小気味(こきみ)よく笑った。『……ハハハッ! そんなに急ぐことないから。うん、じゃあ後でね』 彼女の笑い声の中、電話は切れた。 そういえば私、何に対しての相談ごとなのか話してなかったけれど、琴音先生はちゃんと話を聞いてくれるかな? ――きっと大丈夫。彼女なら広い心で受け止めてくれる。「――さてと、着替えようかな」 私は開けるのが本日二度目のクローゼットを開けた。 朝は慌てて着替えたから、今の私の服装は部屋着とほとんど変わらない。カフェでお茶するだけにしたって、電車にも乗るのにこれじゃカジュアルすぎるよね。 とりあえずスカートはそのままで、トップスは白のノンスリーブと淡いピンクのコットンブラウスに替えた。襟足(えりあし)の部分をルーズにずらして今時(イマドキ)っぽくする。 ハイカットスニーカーを履き、キチンと戸締りをして、最寄(もよ)りの代々木(よよぎ)駅まで走っていった。 ――けれど、私はすっかり忘れていた。今日は土曜日で電車が混(こ)むことも、自分が人混みを苦手としている

    Last Updated : 2025-03-05
  • シャープペンシルより愛をこめて。   2・恋かもしれない……。 Page3

       * * * *「――琴音先生、お待たせしちゃってゴメンなさいっ!」 三十分後。私は洛陽社にほど近い神保町のセルフ式カフェの店内で、待っていて下さった琴音先生にペコッと頭を下げた。 今日は土曜日なので、満員電車が苦手な私は電車を二、三本遅らせた。そのせいで着くのが遅くなってしまったのだ。「ああ、いいって。気にしないでよ。あたし今日はヒマだって言ったじゃん? とりあえず、そこ座ったら?」 琴音先生はあっさり私のことを許してくれて、向かいの空(あ)いている席を勧(すす)めてくれた。 西原琴音先生はモデルさんみたいにスラリと身長が高くて、スタイル抜群(バツグン)。でも全く気取ってなくて、優しいお姉さんという感じの女性だ。 私はアイスカフェラテとガムシロップの載(の)ったトレーをテーブルに、バッグを椅子(いす)の傍(かたわ)らに置き、勧められた席に着(つ)いた。 琴音先生の前には、白いカップが置かれている。中身はカフェオレかな? 今は四月なので、温かい飲み物にしてもよかったのだけれど。私は猫(ねこ)舌(じた)なので、熱いのが苦手なのだ。「――それでナミちゃん。電話で言ってた相談ごとってどんなことなの?」 私が席に着き、落ち着くのを待ってから、カップを両手で持った琴音先生が話を促(うなが)す。「えーっと、実は……恋バナ……なんですけど……」「うん」 彼女が私の顔をまっすぐ見て〝聞く姿勢(しせい)〟に入ってくれたので、私は全てを話すことにした。 ずっと「苦手」だと感じていた原口さんのことが、気になっていること。彼のSな発言がちょっと楽しみになっていること。 でも、過去に経験したことがないから、これが〝恋〟なのかどうか自信がないこと。 これから先、彼にどんな顔をして会えばいいのか悩んでいること……。「――あの、まず一つ確認していいですか? これって〝恋〟……で間違いないんですよね?」「え、まずそこからなの? ……うん。それはもう〝恋〟で間違いないよ。原口クンのこと、異性として意識し始めてるんなら」「原口……〝クン〟?」 私は琴音先生の答えよりも、原口さんへの呼び方が気になった。 どうしてそんな親(した)しげな呼び方ができるんだろう? と思うのは、気にしすぎかな?

    Last Updated : 2025-03-05
  • シャープペンシルより愛をこめて。   2・恋かもしれない……。 Page4

    「ああ、ゴメンね! あたしの方が年上だからさ、ついつい馴(な)れ馴れしく呼んじゃうの。別に特別なイミはないから気にしないでね」 ……あ、そうか。琴音先生より原口さんの方が二つ年下なんだっけ。 でも彼女はオトナの女性だから、たとえ何かあったとしても、隠(かく)したりはぐらかしたりするのもうまそうで油断(ゆだん)できない。 とはいえ、私は別に彼女と原口さんとの仲を勘(かん)繰(ぐ)るつもりなんてないけど……。「――あ、話戻しますね。私、苦手な相手を好きになった経験なくて……。琴音先生、そういう経験ありますか?」 年齢(ねんれい)だけでもわたしより七つ年上なうえに、彼女は私より大人の色気もある。恋愛経験だって、確実に私より多いはず。 ――というか、訊(き)いてしまってから「私ってばなんて野暮(ヤボ)な質問をしてるんだろう」と思ったけれど。「苦手な人を好きになった経験? うん、あたしにも経験あるよ」「ほっ、ホントですか!?」 私は思わず,テーブルから身を乗り出す。こと恋愛に関しては百戦(ひゃくせん)錬磨(れんま)だと思っていた琴音先生に、苦手な男性がいたなんて……!「そんな驚(おどろ)くことかなあ? あたしだって、昔から男慣れしてたワケじゃないよ」 琴音先生は苦笑いしてから、私に経験談を話してくれた。「もう六年も前の話だよ。あたし、就職してから一年で今の会社に変わったの。その時の上司が、すごく苦手なタイプの男性(ひと)でね……」 彼女はテーブルにカップを置き、遠い目をしながら頬杖(ほおづえ)をついて話し始めた。「その人ね、あたしがヘコむくらい毎日仕事にダメ出ししてきたの。それも、なぜかあたしだけにピンポイントでね。正直、『なんであたしばっかり目のカタキにするの?』って思ったし、その人のこと苦手になったの。……でもね」「〝でも〟?」 気になるところで彼女の言葉が途切(とぎ)れたので、私は続きを促すように彼女を見つめる。 琴音先生はカフェオレをまた一口飲んでから、再び口を開いた。「ある時に分かったの。その上司は、部下であるあたしへの期待と愛情から、あたしにダメ出ししてくれてたんだって。――で、その時からあたし、その上司のことが気になり始めたんだ」「あ……」 彼女の話を聞いて、私はふと思った。もしかしたら、原口さんもその上司の男性と同じな

    Last Updated : 2025-03-05
  • シャープペンシルより愛をこめて。   2・恋かもしれない……。 Page5

    「……で、その人に想いは伝えられたんですか?」 私の問(と)いに、琴音先生は悲しげにゆっくりと首を振った。「伝えられなかった。……好きだったけど、相手は妻子(さいし)持ちだったから。その人の幸せな家庭を壊(こわ)すなんてできなかったし、あたしは想ってるだけで幸せだったからね」 失恋の悲しい思い出のはずなのに、話し終えた琴音先生はなぜかスッキリした顔をしている。 私には彼女が(もちろん私より年上なのだけれど)年齢よりずっとオトナの女性に見えた。「そうなんですか……」 そう言ってからアイスラテをストローですすった私は、別の質問をぶつけてみる。「ちなみに今、彼氏っていらっしゃるんですか?」 彼女は今もすごくモテるから、浮いた噂(ウワサ)の一つくらいはあるだろう。 ……正直、琴音先生と原口さんとの間(あいだ)に今何もないって信じたいだけかもしれないけれど。「今はいないなあ。っていうか、前の彼氏と二年前に別れて以来、あんまり長続きしないんだよねえ……。声かけてくる男はいるんだよ、もちろん」「ほえ~っ……。いいなあ。私にも琴音先生ほどの色気がほしいです」 願望が思わず口をついて出ると、琴音先生にフフッと笑われた。「何言ってんの。ナミちゃんだって十分(じゅうぶん)可愛(かわい)いし魅力的よ。さっきから、窓際(まどぎわ)の席のお兄さん、ナミちゃんのキレイなうなじに見入っちゃってるし」「えっ、ウソっ!? ……やだもう」 彼女が指さす席の方を見れば、確かに大学生くらいの若い男性が、私の首の後ろを凝視(ぎょうし)している。 私は慌てて自分の手でうなじを隠した。 ――というか、さっきから話が脱線しまくっているような……。 琴音先生もそのことに気づいたらしく、カップの中身をスプーンでかき回しながら話の軌道(きどう)修正をはかった。「――あ、ゴメン。話戻すね。……あたし、さっきふと思ったの。もしかしたら原口クンも同じなんじゃないかな、って。あたしが苦手だと思ってたあの上司(ひと)と」「……はい。実は私も同じこと感じたところです」 私の反応に、琴音先生は目を瞠(みは)った。 残念ながら彼女の上司にはお会いしたことがないけれど、その人の言動(げんどう)が原口さんと似ているなあと思ったことは事実だ。……まあ、その人にSっ気(け)があるかどうかは私の知ると

    Last Updated : 2025-03-05
  • シャープペンシルより愛をこめて。   2・恋かもしれない……。 Page6

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    Last Updated : 2025-03-05

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    「近石さん。……あの」「はい?」 作家にとって、自分の手で生み出した作品は我が子も同然(どうぜん)。だから……。「私の作品(ウチの子)を、どうかよろしくお願いします!」 我が娘(コ)を嫁に出すような想いで、私は近石さんに頭を下げた。原口さんはそんな私を見て唖然(あぜん)としているし、近石さんも面食らっているけれど。「……はい。お任せ下さい。必ず先生のご期待にお応えできるような、いい映画にします! では、僕はこれで」 頼もしく頷いて、近石プロデューサーは編集部を後にした。「――それにしても、『ウチの子』は大ゲサすぎませんか?」 二人きりになった応接スペースで、原口さんが笑い出した。「まだ結婚もしてないのに『ウチの子』って……」「ちょっと原口さん! 笑いすぎでしょ!?」 も

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page16

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  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page12

     ――数日後。今日のバイトは久々に由佳ちゃんと一緒のシフトになった。 新作の原稿も順調に進んでいるし、原口さんとの関係も良好。ここ最近の私は公私(こうし)共(とも)に充実している感じだ。「――客足も落ち着いてきたね。二人とも、お昼休憩に行っておいで」 正午を三十分ほど過ぎた頃、清塚店長が私達アルバイト組に休憩をとるように言ってくれた。「「はい。行ってきます」」 休憩室の机の上にお弁当を広げ、由佳ちゃんとガールズトークをしながらのランチ。この日も当然、そうなるはずだった。……途中までは。「――そういえば、最近どうなの? 五つ上の編集者さんの彼氏とは」 由佳ちゃんは最近、私の恋愛バナシにご執心(しゅうしん)みたいだ。「うん、順調だよ。――由佳ちゃんの方は?」 私はお弁当箱の中の玉子焼きをお箸でつまみながら答え、今度は私から由佳ちゃんに水を向けた。「うん……。彼とはねえ、最近連絡取ってないの」「えっ? ケンカでもしたの?」 少し前まで幸せそうだったのに。予想外の答えに私は目を丸くした。「ううん、そうじゃないんだけどね。彼、最近忙しいみたいで……」 由佳ちゃんの彼氏は中学校の教師で、私の予想では多分三年生を受け持っている。「そっか……。でも、中学校の先生だったら今ごろはきっと、ホントに忙しいんだろうね。文化祭の準備とかテストとかで」 私はさり気なくフォローを入れる。それに、三年生の担任だったりしたらきっと、生徒の進路の相談に乗ったりもしているんだろうから、さらに忙しいだろうし。「少し時間が空いたら、彼からまた連絡くれると思うよ。だから、彼のこと信じて待つしかないんじゃない?」「……そうだね。あたし、彼のこと信じる」 さっきまでちょっと元気のなかった由佳ちゃんは、食べかけでやめていたコンビニのエビマヨのおにぎりをまたモグモグし始めた。「――にしても、奈美ちゃんはいいなあ。仕事でも私生活(プライベート)でも、大好きな人と一緒なんでしょ? 『離れたらどうしよう?』なんて心配はなさそうだし」 冷たい緑茶でおにぎりを飲み下した由佳ちゃんが、羨ましそうに私に言った。「うん……、まあね。逆に言えば、プライバシーもへったくれもないってことになるんだけど。別に私は困んないし」 むしろ四六時中(しろくじちゅう)彼と一緒にいられて幸せだから、私はそ

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       * * * * ――翌朝、原口さんはバイトに出勤する私に合わせてわざわざ早く起きてくれたので、一緒に朝ゴハンを食べた。今日のメニューは白いゴハンに焼き鮭(ざけ)、キュウリとナスの浅漬け、そしてきのことカボチャのお味噌汁。秋が旬の食材をふんだんに使ったメニューだ。 たまには洋食の朝ゴハンにしようかとも思うのだけれど、原口さんは和の朝食がお好みらしい。「――そういえば、ナミ先生って和食以外もよく作るんですか?」 ゴハンをお代わりしながら、彼が訊いた。……あ。そういえば彼がウチで食べる料理ってほとんど和食だ。洋食系のメニューって食べてもらったことあったっけ?「うん、作りますよ。中華とかカレーとかも。でも、さすがにハヤシライスは作ったことないなあ」 昨日のデートで、彼と一緒にカフェで食べたハヤシライスはおいしかった。……でも、自分で「作ってみたい」とまでは思わない。私は創作の面では結構攻めるタイプだと思うけれど、どうも他の面では守りに徹(てっ)するタイプみたいだ。 そういえば恋愛でもそうだった。原口さんのことが好きだと気づいた時だって、自分からはグイグイ行かなかった……と思うし。「――僕、ナミ先生が作ってくれる和食大好きなんですけど。たまには洋食系のメニューも食べてみたいなあ……なんて。……すみませ

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page10

       * * * * ――結局、彼はやっぱり泊っていくことになった。 洗い物を済ませてから二人で交代に入浴し、寝室で甘~~い時間を過ごしたら、私は無性に書きたい衝動(しょうどう)にかきたてられた。「――ゴメンなさい、原口さん。私、これからちょっと仕事したいんですけど。机の灯りつけてても寝られますか?」 私が起き上がると、彼は「仕事って、執筆ですか?」と訊き返してくる。「そうです。眩しいようだったら、ダイニングで書きますけど」「いえ、僕のことはお気になさらず。……ただ、明日出勤でしょ? あんまり遅くまでやらないようにして下さいね」「うん、ありがとうございます。キリのいいところまでやったら、適当に寝ます。だから気にせず、先に寝てて下さい」 私はベッドから抜け出して、部屋着の長袖Tシャツの上からパーカーを羽織り、机に向かった。書きかけの原稿用紙を机の上に広げ、シャープペンシルを握る。 ノートパソコンは、相変わらずネットでしか稼働(かどう)していない。タイピングの練習は、時間が空いた時だけやっている。でも、パソコンで執筆する気にはやっぱりなれない。 原稿を書きながら、数時間前に観た映画のラブシーンとついさっきまでの彼との濃密(のうみつ)な時間を思い出しては、一人で赤面していた。私が書いている恋愛小説は濃厚(のうこう)なラブシーンが登場するようなものじゃなく、主にピュアな恋愛を描いているものがほとんどなのだけれど。 私の恋は、小説やTVドラマや歌の世界を地(じ)でいっている気がする。 潤のことも、もちろん本気で好きだった。だから、「小説家なんかやめろ」って言われてすごく傷付いたんだと思う。「どうして好きな人に応援してもらえないの?」って。 でも、原口さん相手ほどは燃えなかったなあ。こんなにどっぷり好きになった相手は、多分彼が初めてだ。そして、ここまで愛されているのも。 だって彼は、私のことを丸ごと愛してくれているから。私のダメなところも全部認めてくれて、決して貶さないし。……こんなに出来た彼氏は他にいないと思う。 ――集中してシャーペンを走らせ、原稿用紙十五枚を一気に書き上げると、時刻は夜中の十二時過ぎ。いつの間にか日付が変わっていた。「ん~~っ、疲れたあ! そろそろ寝よ……」 私はシャーペンを置き、思いっきり伸びをした。ふと、後ろのベッド

  • シャープペンシルより愛をこめて。   後日談・二ヶ月後…… Page9

    「――さて、と。まだ時間も早いですけど、DVDでも観ます?」 私はソファーから立ち上がると、ミモレ丈(たけ)のデニムスカートの裾を揺らしてTVラックの所まで行き、彼に訊ねる。 今日は映画を観てきたけれど、この部屋の中での時間の潰し方は限られる。TVを観るか、DVDを観るか、仕事するか。それとも…………。「いいですけど。ちなみに、どんなジャンルですか?」「ワンパターンで申し訳ないんですけど、恋愛映画……。洋画と邦画、どっちもありますけど」 これでも恋愛小説家である。他の作家さんの恋愛小説だけでなく、時にはコミックやTVドラマ・映画などを作品の参考にすることもあるのだ。そういう意味で、恋愛映画のDVDは資料としてこの部屋には豊富に揃(そろ)っている。「じゃあ……、邦画の方で」「了解(ラジャー)☆」 私が選んだのは、〝恋愛映画のカリスマ〟と名高い若手映画監督がメガホンをとった映画。今日観て来た映画とは違う、ドラマチックな演出をすることで有名な人の作品だ。 ――でも見始めてから、この作品を選んだことを後悔した。「「わ…………」」 途中で際(きわ)どいラブシーンが流れて、何となく気まずい空気になったのは言うまでもない。 あまりにも生々しすぎるラブシーンを直視できず、TV画面から視線を逸らしてチラッと隣りを見遣れば、原口さんは瞬(まばた)きひとつせずに画面に釘付けになっていた。 ……目、大丈夫かな? ドライアイにならない? 私は彼の顔の前に手をかざして上下に動かしてみる。「お~い、起きてますかぁ?」「…………ぅわっ!? ビックリした!」 ハッと我に返った彼のガチのビックリ顔がおかしくて、私は思わず吹き出した。「ハハハ……っ! めっちゃ見入ってましたねー」「スミマセン」 お家デート中に彼女の存在そっちのけで映画に見入っちゃうなんて、なんて彼氏だ。……まあでも、面白いものが見られたからよしとしよう。「――あ、終わった。ちょっと刺激強すぎたかな……」 映画は二時間足らずで終わった。プレイヤーから出したディスクをケースに戻し、次に観る時はもう少し刺激の少ない映画にしようと思った。「お風呂のお湯、入れてこようっと。――先に入りますか?」 この調子だと、今日も彼はこの部屋に泊まっていくことになりそうなので、私はバスルームに向かいがてら彼に訊ね

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